●● 遺言でよくある誤解 ●●
▼誤解① 遺言は病気になってから作るものである・・・×
遺言(書)は、元気・健康だからこそつくることのできる法律文書です。
ご病気次第(認知症等)では無効になったり、そもそも遺言すること自体できなくなります。
「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。」(民法963条)
「成年後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言するには、医師2人以上の立会いがなければならない。」(民法973条) (認知症簡易テストはこちら)
病院のベッドの上で亡くなる間際に作れば良いという人がいますが、これはTVドラマの話です。
また、プライベートなメッセージである「遺書」とはまったく別物です。「遺書」には法的効力はありません。遺書は「恨み言」、遺言は「感謝」の言葉を書かれることが多いようです。
病院のベッドで容態が悪くなったような場面では、現実にはまず正常な思考・意識はありませんから、誰に何を相続させるかなど簡単にできるものではありません。その遺言が法的に有効と認められるための条件も厳しいものがあります。
病気中は治療に専念しなければならず、どうしても弱気になったり、身体のことが心配でとても遺言どころではないかもしれません。ましてや病床に臥せてしまってからはペンを握ることさえ至難の業でしょう。そうなってはもう後の祭りです。
遺言を書くには身体的・精神的にもある程度のエネルギーが要ります。平静な精神状態で、自分や家族のことを冷静に考えられる時こそが、遺言を書くのに最適な時期といえます。
世の中には遺言が書きたくても書けない人もいます。遺言を書けるというのは幸せなことです。
元気のうちだからこそ、“幸せ”を感じながら遺言を書いておきましょう。
▼誤解② まだ早い・・・×
法律上は15歳以上で遺言が可能です。
もっと年をとってから遺言書を作成しようと考えている人の多くは、結局そのまま何もせず亡くなってしまうことが多いのではないでしょうか。
「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」(民法963条)
遺言者が、いつ、どのような体調の時に、遺言を書いたのか、常に問題とされます。
心身の調子が思わしくない時に残した遺言は、もめる原因になりかねません。
遺言はぎりぎりまで先延ばししがちですが、元気なときに早めに書いておき、定期的に見直した方が確実です。
個人差はありますが、一般的には意思能力のはっきりしている70歳~80歳ぐらいが遺言適齢期と思われます。
(公証役場によっては、80歳以上の場合は医師の診断書が求められ、少々面倒になります)
個人的に推奨しているのは、とりあえず“今”、「自筆証書」をつくっておくことです。
人はいつ死ぬか、いつ寝たきりや認知症になるかわかりません。
明日、今日のように元気である保障は全くありません。
突然亡くなることはありますから、その時に家族が困らないようにしておくのが遺言書の目的でもあります。
その後、毎年正月とか誕生日とか、期日を決めて補修します。
そして、70歳になったら本格的に「公正証書」をつくります。
この時点で、ある程度の未来予測は立ちます。
その後、必要があれば修正してみたらどうでしょうか。
「早い」ことによるデメリットはあまり考えられません。
「心変わりするかもしれない」「状況が変わるかもしれない」ということでしたら、また、修正すれば良いだけのことです。
何度も書き換えをしなくて済むように書くテクニック的なことはありますが、実際には思ったほどの変化がないのが普通です。
「早い」ことよりも「遅すぎる」ことのデメリットの方がはるかに大きいと言えます。
遺言は夏休みの宿題と似ています。
先に片付けてあとは思いっきり遊ぶのか、「そのうちに」と後回しにしてギリギリになって苦労するか。
どちらが、夏休み中の精神状態はいいでしょうか?
心のどこかにいつかやらなきゃという強迫観念があって十分楽しめなかったなんて経験はありませんか。
いつでも書ける、いずれは作ろうと思っていても、それ以上になると、遺言能力(本人の意思能力)が厳しくなっていき、場合によっては意思能力を裁判で争うこともつながり、「手遅れ」になってしまいます。
そうなると、もう法的には不可能です。
「急逝して遺言をつくれなかった」「認知症が進んで公正証書遺言ができなかった」等、後悔される家族の方は実際におられます。人生、先のことは誰も分かりません。
ですから年齢をきっかけにでもしないと、作るきっかけは切羽詰まってからでないと生まれないのです。
遺言を作るには、
①財産の資料を集めて把握し
②その財産をどう分配しどう遺したらよいか思い悩み
③法律に則った文書に残す、という3つのステップがあります。
これらは、想像以上に時間的・肉体的・精神的な負担を伴います。
自分ではまだまだと思っているぐらいが心身ともに充実し、周りが良く見えていますから、丁度よい時期かも知れません。
何事も後になればなるほど、判断力が低下し、そのうち考えることさえ億劫になるものです。
人生最後の大仕事ですから、気力体力のあるうちに取り組んだ方がよいと思われます。
思い立ったが吉日です。
▼誤解③ 相続人が法定相続分で分けるだろう・・・×
法律では「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」することになっています。
法定相続分は遺言が無い場合のあくまで「目安」に過ぎません。
相続人の経済状況やこれからの生計、これまでの被相続人との関係を考えると、単純に法定相続分では合意できないケースもあります。
そもそも財産によっては法定相続分(分数)で分けられないこともあります。
法定相続分といっても、話し合いをしないと結局、誰が何を相続するのか具体的に決まりません。財産のすべてが預貯金ならともかく、財産の仲には不動産や未公開株など換金が難しいものもあり、単純に法定相続分で分けようとすると、住むところを失う人が出るなど、何らかの支障をきたすことも考えられます。
また、法定相続分以外の相続割合も話し合いで全員が合意すれば有効です。
これらのことから、話し合いがなかなかまとまらなかったり、まとまったとしても、相続によって家族間にひびや不満が残って後味が悪いことが多いのです。
まとまらない場合は、家庭裁判所の力を借りることになると思われます。
▼誤解④ 子どもがいないので、夫の財産は全部私のものになる・・・×
『特に遺言をお勧めするケース』でも述べましたが、自分の相続分を誤解しているケースは結構多いです。
この場合も、夫の財産は夫の両親(舅・姑)に1/3、あるいは夫の兄弟姉妹(夫のおい・めい)にも1/4の相続権はあります。
したがって、妻はこの人たちと遺産分割協議をしなくてはならず、話し合いがうまくまとまるかは不透明です。
夫婦二人で長年築きあげた財産ならばなおのこと円滑に済ませたいものです。
他にも、「内縁関係が20年続けば、相続できる」…×
(内縁関係では何年一緒に暮らそうとも相続分はありません)等、上の例に限らず、法定相続人は誰なのか、法定相続分はどれだけなのか、一度念のために確かめておいた方がよいでしょう。
その上で、遺言がないと困る場合かどうか判断できると思います。
▼誤解⑤ 遺言は、紙に自筆で書いておけばよい・・・×
確かにそうですが、遺言は法律に定める厳格な「方式」があります。
「自筆遺言」は内容次第では無効になるケースもあります。
また、保管の方法も、どのように安全に保管しておきますか?
誰が発見してくれますか?
その真偽をめぐって無用な争いを引き起こしたり、かえって長期化する場合があります。
手間と費用を惜しまず「公正証書遺言」にしておくべきです。
▼誤解⑥ 遺言をつくると、その財産を使ってはならない・・・×
最も誤解が多いのがこれです。
遺言書を一度作るとその内容に拘束され、自分の財産が自由に使えなくなるから嫌だという誤解です。
遺言は「契約」ではなく、相手のいない「単独行為」です。
遺言書に「全財産を○○に相続させる」と書いたとしても、それで自分の財産が自由に使えなくなるわけではありません。
ここでいう「全財産」は死亡時点で残された財産のことなので、生前にいくら財産を使おうと自由なのです。
遺言は亡くなってから、効力を発生します。
したがって、遺言を作った後も、「亡くなるまでは自分の財産」です。
それまでは、預金も不動産も自分で自由に処分、使用、売却できます。
遺言の内容と抵触する生前処分は、抵触部分について遺言を撤回したものとみなされます。
遺留分に配慮するなど、遺言の書き方を工夫すればよいのです。
▼誤解⑦ 遺言は一度つくると、変更できない・・・×
生きている限り、何度でも変更・撤回ができます。
最新のものが有効とされます。そのために日付(年月日)を忘れずに記入しておきます。仮に「この遺言は絶対に撤回しません」と書いてあっても(書かせられても)、それは無効になります。
『法律の抜け穴』(自由国民社)
▼誤解⑧ 遺言の内容は、家族の同意が必要だ・・・×
遺言内容に、ご家族の同意は不要です。
あなたの財産なのですから、あなたの自由な意思で秘密につくることができます。
家族の印鑑も必要ありません。(もちろん家族に相談することは自由です)
遺言に関しては、次の規定もあります。
民法891条(相続人の欠格事由)
1 次に掲げる者は、相続人となることができない。
三 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
四 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
▼誤解⑨ うちの家族は仲が良いから、相続でもめない・・・×
現在、あなたの家族が仲が良いのは、あなたが「いる」からでもあります。
あなたという「重石」がいなくなったときのことまでは、わかりません。
ところが、遺言はあなた(の意思)が存在することになります。
人生において大金を手に入れることのできる機会は2度ある(2度しかない)と言われます。退職金と相続です。
ある程度まとまったお金を目の前にして、心の底からまったく欲しくないという人はいないでしょう。
戦後の新しい民法(1947)の下では家督相続は存在せず、法定相続が原則ですが、旧来の思考から抜け出せない人もいます。
これら、遺す側と遺される側の世代間、相続人同士に感覚のズレがあるとトラブルや疑心暗鬼が生じることにもなります。遺言はそのようなトラブルから家族を守ります。
家庭裁判所の調停件数では、相続人3人で揉めるケースが一番多く25%(例えば、妻・子2人、子3人兄弟姉妹)、次いで4人で20%、2人17%となっています。(最高裁判所・司法統計から)
人数は多いほど揉めやすいのは確かですが、少なくても揉めるのも事実です。
また、相続財産に不動産が含まれる場合その分割をめぐってもめやすくなります。
社会的地位があったり、世間体もありますから、相続人も表立ってもめることをしないかも知れません。
でも、それは誰かが黙って不満を引き取ってくれたからです。
あなたがいた時のように、今まで通り仲の良かった親族関係が続くとは限らないのです。
家族の仲が変わらない場合でも、それぞれの配偶者が口出ししてくることもあるので注意が必要です。家庭裁判所に持ち込まれる相続トラブルは年々増加しているので、自分の死後のことを少し考える必要があるかもしれません。
遺言は「相続人同士の仲が悪い場合、死後にもめないように作るもの」というイメージがあるようです。
確かにその場合は遺言を作る必要性は高いと言えますが、だからと言って仲がよければ遺言書を作らなくてよいというわけではありません。
仲が良いからこそ、念のために遺言をのこしておきましょう。
遺言は、将来の家族仲を保証する保険です。
一度、「家族仲が良いからもめない」という先入観をリセットして考えてみるのも良いかも知れません。
▼誤解⑩ うちにはたいした財産がないから、遺言は必要ない・・・×
これも、裁判所のデータで見てみます。
調停件数では、32%が相続財産1,000万円以下、43%が5,000万円以下で揉めており、合わせて75%です。相続争いは財産の少ない人が圧倒的です。(最高裁判所・司法統計から)
本人は「たいした財産ではない」と思っていても、受け取る側にとっては「たいした財産」になることはあるのです。
財産が少ないからこそ、相続人は必死になるのです。
例えば、相続人3人で均等相続したとします。
Aさんはの相続財産は、自宅の土地建物(2,000万円)と預金5,000万円、賃貸アパート(1,000万円)、株式1,000万円です。
Bさんはの相続財産は、自宅の土地建物(1,000万円)と預金500万円のみです。
どちらが、揉めやすいと思いますか?
3人で分けるなら、Bさんの土地建物は売却の可能性が出てきます。財産は少ない方がバリエーション少なく、分けにくいのです。実際のケースでも100万円とか数十万円単位で話がまとまらないこともあります。
普段、自分たちは買い物で何百円何千円のちがいでも懸命に比較検討しています。
相続の場合、それなりの大金が動きます。遺言を書かないのは無防備すぎます。相続税に縁のない、財産の少ない人ほど相続対策が求められます。
「金持ちには子どもはいない。相続人がいるだけである」という格言もありますが、「金持ち」は普段から財産の管理になれているので事前に対策をしたり、もめると損をすることをよく知っています。
「金持ちケンカせず」で、少ない財産だからこそ揉めやすいとも言えます。
しかし、遺言というものは何も財産を分け与えるためだけに書くものではありません。
財産が少ないからと言って、相続手続きが必要であることに変わりはありません。財産が少なくても、相続人が多ければそれだけ手間がかかるので、銀行からお金を引き出すこともできなくなります。多くの場合、遺言書がないとなかなかスムーズに相続手続きを進めることはできません。
さらに、身近にいるご家族・大切な人への思いやこれまでの感謝の気持ちを残しておかれるのも、りっぱな遺言です。
残される人たちに、これまでの感謝の言葉として、また未来へ贈る言葉として遺言を残されたらどうでしょうか。
▼誤解⑪ 遺言は相続税対策ですよね・・・×
すべての相続人が相続税を支払う義務があると誤解している人が意外と多いです。また、遺言を書くと税金がかかると誤解している人もいます。
例えば法定相続人が5人なら、3,000万円+(600万円×5人)=6,000万円が基礎控除になりますから、相続財産が6,000万円までは相続税はかかりません。つまり1円も税金はかかりません。
また、遺言を書いても税金はかかりません。
相続人全体から見れば、相続税を払う人は8%ほどの富裕層です。
この方たちは、遺言で対策をするのなら一度税理士さんに相談された方が良かろうかと思います。(例えば、1次相続では税金がかからなくても2次相続で割高になることもあります。)
したがって、遺言はほとんどの場合、「税金対策」よりも「トラブル予防」の方の意味合いが大きいと言えます。
相続税を払うことは確かに大変なことですが、払ってしまえばそれで「終わり」です。
ところが相続トラブルの方は、一度起きてしまえば元通りに修復することが困難になり、「終わり」がないかも知れません。
裁判にでもなれば、事実上の縁切りです。決して「ノーサイド」は無いのです。
▼誤解⑫ 遺言は縁起が悪い・・・×
そもそも、遺言を「書いたから」寿命が縮まるわけでもありませんし、科学的根拠の無い話です。
人間誰しも「書いても書かなくても」同時期に亡くなるのです。
むしろ、遺言を書くことによって財産の確認・整理、心の整理、残りの人生設計ができます。
すると達成感や成就感、次の目標が得られ、「これでスッキリしました」と笑顔で語られる方はとても多いです。
家族に伝えることで家族も安心して、一層円満になることもあります。
ですから、縁起が悪いのではなく、前向きな人生の後押しにつながりますから実は、“縁起が良い”のです。
遺言は「厄除け」みたいなもので、遺言を書いて準備を整えた人ほど気が楽になって、かえって長生きするかもしれません。
例えば生命保険は同じく人の死に関するものですが、生命保険を「縁起が悪い」という人は今ではあまりいないはずです。(一昔前までは、生命保険についても勧誘された妻が夫に話をしようものなら「俺を殺す気か」「縁起でもない」と一喝された時代もありましたが、時代は変わりました)
保険で言えば、今では、死亡、医療、火災、自動車等いろいろな保険がありますが、保険はその事故自体を防いでくれるものではありません。
でも、遺言は違います。
遺言はトラブルを防ぐ役割がありますから、保険よりも効果は大きいと言えます。
やっかいなのは、遺言は保険以上の効果が期待でき、本人や家族にメリットの大きいものであったとしても家族にとっては勧めにくいことです。
これまで述べてきた理由から、多くの家族や子どもたちは遺言を書いておいてほしいと言い出せなくても、実はお願いしたいと思っているのかもしれません。
それは、すでにおわかりの通り、「おれに早く亡くなってほしいのか?」「財産めあてか?」などといった狭量な話とはまったく別次元のものです。そのようなときは先回りして、「遺言を書いておくよ」と言ってくれた方が、家族としてはどれだけ気が楽になるでしょうか。
相続を済ませた子に対し、「親にしておいてほしかったこと」を調査したアンケートで多かったのは、
①遺産配分の決定
②財産・負債の一覧表作成
③実印・通帳の保管場所の明示 でした。
いくつになっても、子どもは親の背を見て育ちます。
遺言など「縁起が悪い」というひとことで撥ねつけるのではなく、家族に想いを致し子どもに伝えるべき親の「生き様」として前向きにとらえてみてはいかがでしょうか。
遺言は、親として最後にできる「教育」「子育て」なのです。
自分が死んだ後のことを考えて行動を起こす、そのことへの嫌悪感や反発。
理屈ではわかっていても、自分が死ぬということはなかなか考えたくないし、認めたくないことです。
でも、自分の遺言を書くことは、自分以外の誰にもできないことでもあります。
形にしなければ伝わらないことです。
極端に言えば、「遺言を書いておいてくれたら良かったのになあ」と亡くなった後で言われるか、遺言を残し「さすが俺の親父(おふくろ)、自分たちのことを考えてくれていたんだなあ」と涙ながらに感謝されるかほどの違いがあります。
気持ちのこもった遺言は、財産の多少に関わらずその後の家族にとって語り継がれ、必ず円満・繁栄につながっていきますから実は“縁起は良い”と言えます。
▼誤解⑬ 遺言は公証人に任せておけばよい・・・×
公証人は、国の公務である公証事務を担う公務員であり、事実の存在や契約等の法律行為の適法性等について、中立的立場で公権力として証明・認証することが職務です。
公証人は、ご本人の要望に沿って公正証書遺言を作成してくれますが、明らかにおかしな希望でなければ、遺言者のいうとおりの内容で作成します。
より良い提案をしてくれるわけではありません。
(そもそも公証人に、そのような義務や責任はありません)
したがって、資料の取得や遺言の執行等をしてくれるわけではありません。
さらに、公正証書遺言を作る際には、
①遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する。
②公証人が、遺言者の口述を筆記し、遺言者に読み聞かせる、という基本的な流れがあります。
つまり、公証人が積極的に遺言者の事情を聞きだしてアドバイスするものでもありません。
公証人は遺言者が希望する内容を遺言として法律的に有効な形に整えてくれますが、そのプロセスでは個々の依頼者にじっくり時間をとって細かい事情まで聞いたり、依頼者の立場になって「こうした方がいいですよ」「こういう問題がおきますよ」等、内容に立ち入って手取り足取りトラブル予防のアドバイスまで言ってくれるわけではありません。
それは公証人は公務員だからです。
公務員は全ての人に公平であるということが大前提であるため、公証人は一定の人に肩入れをするようなことはありません。
それは職務外のことになります。公証人は公証役場に公正証書の作成を嘱託されたものを文章にするに過ぎないのです。
ここでの嘱託とは公証役場に公正証書の作成を依頼し作成してもらうことです。
つまり、依頼されたものを法的に誤りの無いように記載するのが職務であり、どのような条項を記載すればよいのかということを指導してくれるわけではありません。
例えば、遺留分減殺請求の可能性があったとしても、公証人はあくまで公平な立場ですので、そこを指摘しないのが原則です。
公証人に何も言われなかったから大丈夫と安心するのは禁物です。
これは、指導をしてくれない公証人が悪いわけではなく、これは公務員として当然の職務なのです。
ですから、公正証書遺言を作る際には依頼者の立場に立った行政書士、弁護士等の専門家のサポートを受ける必要があります。
▼誤解⑭ 遺言を書いたら子どもに見捨てられてしまうのでは・・・×
子どもに頼まれて遺言を残した親が、後日、自分の存在意義を心細く思うことがあるようです。
でも、遺言者には遺言を書いた後も、次のような権利が保障されています。
・遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができます。(民法1022条)
・遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。(民法1024条)
・遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することはできません。(民法1026条)
したがって、そのような心配が現実のものにならないよう、事前に釘をさしておくとよいでしょう。
▼誤解⑮ 遺言は口で伝えておけばよい・・・×
日頃から、「この家は長男に相続させる」とみんなに言っていたとしても、ビデオテープに撮っていたとしても、遺言書がなければ何の法的効果もありません。
遺言がない以上、法定相続人が共同で遺産相続することになり、遺産分割協議が必要になります。
また、普段口にしていたことと異なる遺言書になっていると、相続人の間で混乱が起きます。
例えば上記の例で、「この家は二男に相続させる」と遺言に書かれていれば、そちらが効力を持つことになり、トラブルの原因になります。
つまり、「他にも遺言があるのではないか」「遺言書を無理矢理書かせたのではないか」などと勘ぐられるわけです。
したがって、言動は慎重にし、まちがいのない遺言を残しておくべきです。
▼誤解⑯ 夫婦共同で1通の遺言にしておきたい・・・×
いくら仲が良くても1通の遺言に夫婦で連名の遺言をすることはできません。
民法975条(共同遺言の禁止)
「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない。」
このような共同遺言を民法が禁止しているのは、次のような理由があるからです。
①遺言は被相続人の死後に効力が発生しますので、2人以上の共同遺言だと効力発生時期が分からない。
②遺言者の意思が相互に制約され、遺言作成の自由確保が困難になる。
③遺言は遺言者が自由に撤回できるべきものである(民法1022条)が、遺言撤回の自由が制約される。
④ 遺言は厳格な様式行為と言われ(民法960条)、共同遺言者の一方の遺言に方式違反があって無効となるような場合、他方の遺言は有効なのか否か問題が生じる。
⑤ 共同遺言者による遺言がそれぞれの遺言を条件としているような場合、一方の遺言者が条件に反したとき、他方の遺言がどうなるのかという問題が生じる。
したがって、夫婦がお互いに向けて遺言を書くときは、それぞれが別の遺言を書かなければなりません。
共同遺言にあたれば無効になってしまいます。
夫婦がお互いに向けて作成する遺言を「夫婦相互遺言」と言ったりします。
「夫婦相互遺言」がお勧めなのは、子ども(孫)のいない夫婦です。
子ども(孫)のいない夫婦の法定相続人は、両親が既に他界している場合は、兄弟姉妹も法定相続人になるからです。
夫が亡くなった場合、その財産は妻と「夫の兄弟姉妹(甥姪)」が相続することになります。(逆は、夫と「妻の兄弟姉妹(甥姪)」です)
妻と「夫の兄弟姉妹」が希望通りの遺産分割協議をすることができる仲であれば問題がありませんが、そうではない場合や、夫婦で築いた財産は配偶者に全て譲りたい場合は遺言が「必須」です。
▼誤解⑰ 遺言が無視されるのでは?・・・×
遺言書の内容は相続で最優先される事項で、これを無視した手続きは無効になりますし、遺言書を破棄したり隠したりした者は相続人から廃除されます。
心配であれば、遺言書で遺言執行者を信頼できる人にお願いしておけば、その人が内容を実現してくれます。
しかしながら、遺言通りにすると不公平過ぎる場合など、遺産は相続人・受遺者全員の合意で分配を決め直す事が理論上はできます。
また、遺言内容が曖昧であったり、全ての財産の指示がされていないときなども協議が必要になります。
この場合、必ずしも遺言通りではないことになります。
ここでの必要条件は相続人・受遺者「全員」の同意があることです。ということは、1人でも反対すれば遺言通りになります。
相続人同士、利害関係がありますから、遺言を無視すれば必ず不利益を受ける相続人がいますので、その人が果たして納得するかどうかは疑問です。
また、遺言執行者が指定されている場合は、相続人以外に遺言執行者の同意も必要になります。
遺言を忠実に実行すべき執行者が相続人であれば、遺言を無視するケースもあるかも知れませんが、第三者を指定した場合は難しいでしょう。
もう一つのケースが、遺留分が侵害されている場合です。遺留分とは、法定相続人が最低限受け取れる遺産の範囲のことです。
例えば、配偶者と子ども1人が相続人だった場合、法定相続分は配偶者2分の1、子ども2分の1ですが、「それぞれ4分の1」が遺留分として認められます。
つまり、遺言書に「法定相続人以外の誰かに全ての財産を相続させる」と書いてあっても、相続人(配偶者、子、子がいない場合は親)は遺留分を請求できるということです。(兄弟姉妹、相続放棄者、相続廃除者、相続欠格者、遺留分放棄者には遺留分はありません)
ですから、この場合は遺留分への配慮や付言を残す必要があります。
▼誤解⑱ 十年前に書いたから大丈夫・・・×
十年前に遺言書を作った時と、現在の資産状況や家族状況が変わってないか、気をつける必要があります。
例えば、不動産を買い替えたり、現金を不動産に替えたりと、資産の組み替えを行った場合は、資産の状況が大きく変わっていますので、改めて分割の割合も再考し、遺言書を書き換えなければなりません。
また、不動産や有価証券といった資産は、時間の経過とともに価値が変わっている可能性があります。その場合も遺言書にある分割では不公平になるといったことも考えられます。
相続人の増減や税制や相続のルールが変わった場合なども、そのときにあった相続対策が必要でしょう。
遺言書は一度作成したら終わりと考えず、その時々の見直し、書き換えも必要な場合があります。
▼誤解⑲ 遺産分割だけ書いておけばよい・・・×
遺言を書く主たる目的は、スムーズな遺産分割のためです。
ところが、相続財産に複数の不動産などがある場合、法定相続分通りに分けることが難しいため、実際には、いくぶん偏った指定分割になることも多く、相続人の間でトラブルになりかねません。
それを防ぐ意味で大切なのは、遺言書にその理由や相続人に対するメッセージをしっかりと書いておくことです。
遺言書には「付言事項」といって、法的効力はありませんが、相続人に対する遺言者の最後のメッセージを残すことができます。
付言事項に、それぞれの財産を指定分割した理由をきちんと書いておけば、遺言者の意思として尊重され、分割に対する争いを防止する効果があります。
相続人一人ひとりに感謝の言葉を書くだけでも、相続人の受け取り方はかなり変わってきます。
▼誤解⑳ 財産を残さなければよい・・・×
財産が無ければ相続で揉めることもないでしょうから、遺言書もいらないということでしょうか?
しかしながら、死期を正確に知ることはまず不可能です。
ですから、計画通り?きっちりと財産を使い切ってから亡くなるのは、まず無理だと思われます。
たとえ病気などで余命を予想できている場合でも、そんな状態で財産を使い切ると必要な治療や介護まで受けられなくなる恐れがあります。
どんな人でも、死ぬときには多少なりとも財産が残されているものです。
家族に迷惑をかけないためにも、財産の処分については現実的に考えるべきででしょう 。
万一、長生きしてしまった?場合のリスクが大き過ぎます。
▼誤解㉑ 専業主婦だから遺言は必要ない・・・×
専業主婦の方で、自分名義の財産はほとんどないので、遺言は必要ないとお考えの方がいらっしゃいます。
ところが、先に夫が亡くなると、法定相続分では遺産の1/2は配偶者のものとなります。
また、どちらか親が生きているうちは仲の良かった子どもたちでも、両方の親が亡くなると事実上最後の相続になりますから揉めることもあります。
専業主婦でも二次相続を考えると遺言書を残した方がよいでしょう。
▼誤解㉒ エンディングノートに書いておけばよい・・・×
最近の終活ブームの中で、簡単便利なエンディングノートや遺言書作成キットが売られています。
しかし、エンディングノートは希望の心覚えを記録するだけですから遺言ではありませんので法的拘束力は全くありませんし、遺言書キットは一般的な遺言の案を示してくれているだけですから、本当にあなたに適した内容が遺言できるかは甚だ疑問です。
「遺言のようで遺言でないもの」を残すとかえって相続争いの火種になりますから、自分本位にならないよう専門家に相談された方が無難と思います。
▼誤解㉓ 俺に早く死ねということか・・・×
早合点しないでください。
遺言は、亡くなった後の財産の分配を決めるものですが、いつ亡くなるか(人間はいつかは亡くなります)は本人を含め、誰も分からないことです。
その前に自分が亡くなった後の事を想像しておくことは決して無駄ではありません。
相続人の中に、遺言がないと困るような人はいないでしょうか?
住む家がなくなる人、一人では自立できない人、家族で揉めたくない人、遺産分割の話合いでものが言えない人、相続人間の交流が希薄な人…など。
そのような人にとっては、今の生活が悪くならないよう「遺言を書いておいてほしい」との思いは切実ではあっても、「早く亡くなってほしい」などとは思いもしないことです。
そう誤解されたくないから、黙って静観するほかはないのです。
いずれの場合も、あとで感謝されるのは、確実に遺言を残した人です。
その時はいつ来るかはわかりません。
いつか遺言を書くのなら、手遅れにならないように早めに書いておくべきでしょう。
▼誤解㉔ どちらが早く逝くかわからないから・・・×
例えば、夫と妻がどちらかが先に亡くなり、相続人がはっきりと確定してから遺言を考えるという人がいます。
そのまま放っておくと、一次相続の段階で、二分の一は子どもに法定相続分はありますし、子どもや親がいない場合は義兄弟姉妹との相続になります。
どちらが早く逝くのかわからない場合でも、予備的遺言を使うとそれに対処することができます。
具体的には配偶者が先に亡くなった場合の財産の行方についても遺言に書いておきます。
無為に、ただ時間だけ経過していくのは夫婦のお互いにとっても得策ではありません。
▼誤解㉕ 気が変わったら遺言を破り捨てれば良い・・・×
自筆証書遺言であれば、それで良いでしょう。
その都度、遺言がこの世に存在しないようにすれば、遺言の効力が発生することはありません。
ところが、公正証書遺言の場合、たとえ手元にある正本や謄本を破棄したとしても、原本は公証役場にいつまでも残ります。
したがって、この場合は、前の遺言を取り消す旨を記した新しい遺言を作る必要があります。
▼誤解㉖ 他人に遺言内容を知られてしまう・・・×
自筆遺言であれば問題はないでしょうが、公正証書遺言の場合、公証人と証人2名に内容を知られることになります。
公証人には守秘義務がありますので知られた内容が漏れることはありません。
問題は証人です。一般人に依頼すれば口に戸は立ちませんが、行政書士や弁護士などの法律で守秘義務が課せられている人に依頼すれば、遺言内容が漏れ出る心配ありません。
▼誤解㉗ 気が変わるかも知れないから、まだいい・・・×
一番まずいのは、後回しするうちに、認知症などになってしまって結局書けなかったというパターンです。
人間はいつか亡くなりますが、いつ亡くなるのかは、誰にもわかりません。
したがって、とりあえず現在の気持ちで遺言を遺しておくことをお勧めします。もし、気が変わっても、いつでも書き換えはできます。
▼誤解㉘ 相続放棄したら、遺贈を受けられない・・・×
遺贈とは、遺言によって被相続人の財産を渡すことです。
これに対して相続は、法律によって被相続人の財産を引き継ぐことで、遺言がなかったり、遺言に記載がない財産を相続人が取得することです。
ですから、遺贈によって財産を取得する受遺者は、当然相続人でもあることが多いと言えます。
相続の際には、次のような人がいることになります。
・受遺者 ・相続人 ・受遺者かつ相続人
したがって、たとえ相続放棄したとしても(相続人ではなくなっても)、遺贈を受ける場合(受遺者)もあることになります。
もちろん、遺贈の放棄をすることもできます。
▼誤解㉙ 遺贈されたら放棄できない・・・×
被相続人から遺贈を受けたとしても、受遺者がそれを不要と考えたり、他の相続人との関係などから辞退したいという場合もあります。このような場合、受遺者は遺贈を放棄することができます。具体的な方法は、遺贈が特定遺贈か、包括遺贈かによって異なります。
①特定遺贈の場合
特定遺贈とは、財産を特定して渡す方法のことを言います。例えば、「A土地をBさんに遺贈する」といった指定の方法です。
特定遺贈の受遺者は、いつでも遺贈を放棄することができ(民法986条1項)、時期に制限はありません。
この場合の放棄は、相続人または遺言執行者に対する意思表示により行うことになります。そして、遺贈の放棄は遺言者の死亡の時にさかのぼって効力を生じます。
②包括遺贈の場合
包括遺贈とは、全財産を割合を指定することで渡す方法のことを言います。例えば、「全財産の3分の1をCさんに遺贈する」といった指定の方法です。
なお、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)とされており、債務があればそれも引き継ぐことになりますから注意が必要です。したがって、包括遺贈の受遺者は、相続の放棄・承認に関する規定が適用されることから、相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に家庭裁判所に申述する方法により、遺贈の放棄を行う必要があります(民法938条、915条)。
▼誤解㉚ 受取人が遺言者より先に亡くなると代襲相続される・・・×
「相続させる」遺言において、受取人とされた相続人が遺言者より先に死亡したときは、特段の事情のない限り、原則として、遺言の効力は生じず、代襲相続もできません。(最高裁平成23年2月22日)
したがって、実務上は、遺言者より先に受取人と指定された相続人が死亡した場合は、その子に代襲相続させる、あるいは、他の相続人に相続させる等について、遺言書に明記しておくいわゆる予備的遺言をしておくことが必要になります。
これが、受取人が相続人ではなく第三者である場合には、相続ではなく遺贈ということになります。遺贈については、「遺贈は遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない」と明確に定められています。(民法994条1項)
したがって、この場合は遺贈は効力を失い、受遺者が相続人ではない第三者の場合には、相続ではありませんので代襲相続もありません。
▼誤解㉛ 遺言を書いてもその通りにならない・・・×
遺言を変造、破棄、隠匿した者は相続人になることはできません。
そのような、変造等の危険に遺言をさらさないことがまず大切です。
遺留分の問題はありますが、遺言で遺産分割方法が決められていても、相続人全員の同意があれば、遺言通りではなく、相続人で分割方法を決めることも理論上は可能です。
その場合、遺言より相続人全員で決めた分割方法が優先されます。
ただし、次の点に注意しなくてはいけません。
①遺言執行者が遺言によって定められていた場合には、遺言執行者の同意も必要となります。
②遺言によって受遺者(遺言の中で遺産を受けとる人として指定された人)が定められていた場合には、受遺者の同意も必要となります。
現実には、遺言執行者の執行を妨げる行為は禁止されていますし、受遺者にとって不利な遺産分割協議は受け入れられないでしょうから、余程のことがない限りは、成立しないと思われます。