●● 危急時遺言 ●●
遺言の種類には、生前心身ともに余裕のあるときに書く①公正証書遺言 ②自筆証書遺言のほかに、③死亡の危急に迫った場合の遺言(危急時遺言)があります。(民法976条)
「危急時遺言」は「臨終遺言」とも呼ばれ、名称の如く病気や事故 などで余命いくばくも無く、すぐに遺言書を作成しないと遺言者の生命が失われてしまう場合などの緊急事態に使われる特別な遺言方式です。
公正証書遺言も病床まで公証人が出張してくれますが、日程の調整などが必要で、思い立ってすぐに遺言を残せるわけではありません。休日や夜間も含め、病状が急変し今すぐに遺言を残さなければならない場合には、この方法しかないわけです。
遺言者も、署名押印もできないギリギリの状態での遺言となりますから、遺言内容も複雑なものはできませんし、結果的に遺言できなかったり、遺言として認められないリスクも当然あります。
したがって、何度も繰り返しになりますが、このような状況にならないうちに、元気なときに余裕をもって作る公正証書遺言をお勧めします。
危急時遺言は、遺言者の口頭による簡易な方式を許容していることから、この遺言が認められるには厳しい要件をクリアしなくてはなりません。
1.証人3人以上の立会いが必要です。
・証人になることができる人には制限があり、次の人は証人になれません。(民法982条、974条)
①未成年者
②推定相続人(配偶者や子など)
③受遺者
④推定相続人の配偶者及び直系血族
⑤受遺者の配偶者及び直系血族
⑥公証人の配偶者、4親等身内の親族、書記及び使用人
・つまり、遺言者に最も身近な遺言者の配偶者や子などは証人になれません。
昼夜を問わず、これ以外の人から緊急に3人の証人を集めるのは結構大変です。
配偶者と子が相続人であれば、遺言者の兄弟姉妹・医師・看護師・専門家(行政書士等)などに依頼することになります。
なおかつ、 証人は遺言書作成の最初から終了まで立ち会う必要があります。
・同時に、遺言者の遺言能力について、医師に診断書を作成してもらうことも有効です。
・証人となることができない者が「同席している」ということで危急時遺言の効力が否定されることはありませんが、遺言に関して発言等をした場合の効力についてのちのち争われる可能性がありますから、同席せずに作成する方が無難と思われます。
2.作成手順は次の通りです。これ以外は無効になります。
①証人3名立会いのもとで、遺言者が証人のうちの1名に対して、遺言の趣旨を口授する。
②口授を受けた者がその内容を筆記する。
③筆記した内容を遺言者及び証人に読み聞かせる。(又は閲覧させる)
④各証人がその筆記の正確なことを承認する。
⑤証人3名が署名・押印をする。(認印可)
・限られた時間で、極めて身体状況の悪い人が、証人(他人)に対して遺言(法的文書)を残すのは双方にとって至難の業です。
・言語能力に支障をきたしていることも多く、口授があったといえるのかについて争われることもあります。口授能力が必要です。
・証人の署名・押印を、遺言者の面前で行っていない事案において、最高裁判例は「署名・捺印が筆記内容に変改を加えた疑いを挟む余地のない事情のもとに遺言書作成の一連の過程に従って遅滞なくなされたものと認められるとき」は有効(最判昭47年3月17日)としていますが、遺言の有効性に疑義を生じさせないためにも、遺言者の面前で署名押印をすべきでしょう。
・まちがいなく作成するため事前に財産の特定をしておくこと。不動産の登記簿謄本や預金通帳、株式の明細書などの準備をすることです。
・後日、トラブルを避けるために、念のためにスマホ等で録音しておくことも有効です。
3.危急時遺言の効力を発生させるためには、次の手続きが必要です。
①遺言の日から20日以内に、証人の1人又は利害関係人(推定相続人・受遺者・遺言執行者等)から家庭裁判所に対して請求を行い、家庭裁判所の確認の審判を得ます。
②家庭裁判所は、遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、確認できないことになっています。
・「遺言者の真意」であるとの心証を得るためには、裁判所側に疑念を持たれないよう細心の注意をする必要があります。
・医師の立会いは要件ではありませんが、遺言者の死期が迫っており、意思確認が困難なときに作成する遺言書ですので、できる限り医師が立ち会うよう配慮した方がよいと思われます。
・裁判所の確認の審判では、遺言書が、遺言者の真意に基づいて作成されたものか否かを判断します。目的は、遺言者の意思が反映されているか否かを判定するにとどまるもので、遺言が有効であるか否かを判断するものではありません。
4.その他の注意点
①遺言者が普通の方式(公正証書遺言等)で遺言ができるようになった時から6ヶ月間生存した場合には効力を失います。(民法983条)
②「死亡の危急」とは、必ずしも客観的なものである必要はなく、疾病等その他の相当の事由があって、本人が死亡の危急に迫られていると認識して遺言を作成した場合には、医学的事後的にみて死亡の危急が存在しなかった場合であっても、当該遺言は無効とはならないとされています。
③家庭裁判所の確認後も、遺言の有効・無効について争われる可能性はあります。
④家庭裁判所の確認を得ていても、遺言者が亡くなった後は検認手続を経る必要があります。(民法1004条)